No.73  旧ユーゴスラビア友人のこと

Posted at 07/03/09

 

私は、学生時代、ランゲージエクスチェンジ
(言語交換、つまり英語を習い日本語を教える)
を一時期していました。
その彼女は、ネイティブではありませんでしたが、
英語を流暢に話し、また日本語も上手な方でした。    
ちょうど、私もオーストラリアの研修から帰国し
英語に触れたい時でしたので、学内にある張り紙
(エクスチェンジ募集)の張り紙をみつけた時には
応募するしかないという感じでした
そしてほぼ、同時期にオーストラリア人の友人から
「友達がエクスチェンジパートナーを探しているよ」と
聞いていたこともあり、その友達というのがまさに彼女
だったというタイミングもあり、
当時、彼女は外国人留学生が住む寮に住んでいた
ので、英語レッスンの場所は殆どがその寮のロビー
でした。
そんな感じですので、友達感覚のような形で周りの友達
とも付き合っていました。色んな国の友達を集めて
ここが変だよ日本人をみたり・・・(笑) 
他の外国人の友人などもでき、また その学生寮の
パーティ等に参加したりして楽しい時を過ごしていました。

と、そんな時彼女が母国の旧ユーゴスラビアに帰国する
ことになりました。
とても遠い国なので、会う機会も少なくなり寂しくはありました
が、別れをつげるために(出発の便のバス停まで)見送りに
いくよと約束していました。 

ちょうど、その便は始発に近く 朝6時30分の便でした。

そして、その日は京都の大学のゼミナールの打ち上げ
でもあったのですが、その見送りにいく予定のバスの停留所
は、打ち上げ場所から30分ほどのところにありました。

オールナイトで過ごしていたのでそのまま、向かえばちょうど
間に合う・・という予定でした。
  
            が!!!
 

ふと時計をみると気付いた時刻はなんと
朝の6:10!!!

京都のバスの停留所まで走って20〜25分。 

間に合うかどうか!??、

考える暇もなく飛び出しました。
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そして、着いたのがちょうど6:30。。。 
周りにバスはありませんでした

   
そして、近くの係りの人に聞くと 

『あぁ、さっきのバスね、、、
一分前に発車したよ・・・・・』 
     

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             ・
          がーん!!
情けなくて、涙がでてきました。
その後、彼女とは連絡がつき年に数度ではありますが
交流はあります。
いつか会いたいと思っているかけがえのない友人の
一人です。
  
(その後、壮絶な展開に至ります。また改めて書きたい
と思います)
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