No.23 嘉悦学園のこと

Posted at 06/07/25

 

嘉悦学園(東京の小平市にあります)という

女子大が、まだ嘉悦女子短大 の頃だった

頃の話です。

 

バレーボールの大会で嘉悦女子短大が

決勝戦にでた事がありました。

同じ名前で珍しいという事、

そして、その決勝戦が大阪で行われるという事も

あり、父と母はその決勝戦を観戦しに行きました
  
 

(こんなのが好きなんですよ〜、

まぁ受け継いでいるところは大きいかなと

思いますが・・笑)

 

そして、決勝戦に勝ち、嘉悦学園は優勝したそう

ですが (ここから父の父たる所以だと思います)

・・・なんと、父は、嘉悦学園の理事長に挨拶

に行ったそうです。 

同じ名前というだけ! で、縁があるかも・・・・と

思ったそう。


 

すると、なんと 父とその理事長は、同姓同名だった

のです。

漢字は違いますが、二人とも (やすと)という

名前だったのでした! 

 
※ちなみに、実父が靖人・当時の理事長が康人氏です。
 

し・か・も、二人とも九州の熊本出身・そして二人とも

八代にルーツがありました!!

 

本当に、お互いに何かの縁でつながっているのかも

しれませんね〜と盛り上がったそうです。

 

こ〜んな事ってなさそうで、結構あるなぁと思う感じて

いるこのごろ。

 

しかし、父が、その理事に会うという行動を起こさなければ、

そしてそもそも、名前に興味を持ち観戦にいかなければ、                                                         

事実は闇の中・・(というより、知ることもなかった)と思うと、

その好奇心と行動力に感謝の念さえ覚えます。
 


さて、嘉悦学園は、熊本出身の4代前の祖先・

嘉悦 孝(たか)が1903年に創立した学びやです。

 

教訓である 『怒るな、働け』は、現代にも十分、通じる

ところがあります。

詳しくは こちら↓

 http://www.kaetsu.ac.jp/~kohta/Information-j.html

 よいこと書いてますよ〜

 

殺伐とした学生の事件が多い昨今ですが、

こういう精神をもつ方が筆頭にたち、リーダーシップを

発揮されたならば事件も減るのだろうと思います

 

ちなみに、私は生まれも育ちも大阪ですが、
 

本籍だけは、ずっと熊本に残そうと思っています。
 

ルーツは大切にしたいですね。

  

 

  〜海外生活支援業までの道のり〜 (第4回) 

 
 (前回の続き・・・)
 
 前回はこちら ⇒ 第3回

大学も1年の終わりに近づくにつれ、先につながる何かを

 したい・・・ 思い切った事をしたいと思っていました

余談ですが、ちょうどその頃、インターン制度が関西の

大学を連合して始まり、企業インターンシップ

第一期生として申し込みをしたのもその頃。

 

滋賀にある印刷会社でインターン生として3週間働きま

した。

社会にでたい意欲が強かったのだと思います。

やりがいも何もわからないままでしたが、アルバイトと

いう形ではなく、まずは一社会の現実に触れてみよう

 という気持ちでした。

まだ、やりがいにつながる実感を得ることはできません

でしたが、社会のなんたるか、、、を垣間見れたよい経験

ではありました。

   

さて、私自身、剣道をすることが、先につながらないとは

思っていませんでしたが、それでも、このままの変わらぬ

環境に対する不安がありました。

レギュラーになりたい。しかし、なれないかもしれない

という、なんともいえない虚無感、あきらめの境地

(こうしたことは口にしてはいけないのかもしれません、、、 

 が当時は、そんな思いを実感していました)

 

が募る中、  懸命に練習をすればするほど、持って

生まれた才能を見せ付けられる気がしていました。

未来に希望を失いかけていました。

 

当時は、剣道を続ける事は、イコール 公務員や、

企業への就職が有利になると図式はがあったのかも

しれませんが、そうした意図で剣道に励んでいたわけ

ではありませんでした。 

 

ただ、純粋に打ち込むものが欲しいという一心で入部した

剣道部でしたので、将来に対する漠然とした不安からか、

徐々に、剣道に対する自分の思いに疑心暗鬼にもなって

きた頃でした。

 

そして、その後、決定づける出来事が起こるのです。。

 

         続きはこちら⇒ 第5回

 

 

 

 

 

 

 

 


 

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